黒石寺蘇民祭

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黒石寺蘇民祭(こくせきじそみんさい)は、岩手県奥州市水沢区黒石町の黒石寺で、旧正月七日から翌日早暁にかけて毎年行われている裸祭りである。

奇祭として知られ、2005年平成17年)以前には、男性全員が全裸で参加していた。

黒石寺蘇民祭をはじめ岩手県各地で行われる蘇民祭は、「岩手の蘇民祭」として選択無形民俗文化財に選択されている。

概要

  • 参加者である男性は祭の1週間前から精進潔斎に務めなければならず、肉・魚・ニラニンニクのような臭いの強い食物、あるいはそれらを調理した火を通した食物を口にすることが禁じられる。
  • 午後10時に鳴らされる梵鐘の音を合図に祭が始まる。浄飯米(おはんねり)を持った祈願者の男女が水垢離(みずごり)をした後「ジャッソー、ジョヤサ」(邪(ジャ)を正(ソ)すの略)と掛け声を発しながら本堂を三巡し、五穀豊穣を始めとする幸福を祈願する。
  • 午後11時30分より、全裸に下帯のみを身に付けた男性たちが行列をなして福物の柴燈木(ひたき)と呼ばれる松明を掲げながら行進。午前2時、本堂で数え7歳の男児2人が扮する鬼子が本堂に入り福物のを境内にまいた後、再び境内に戻る。
  • 午前5時、鬼子が本堂に再び入った後「袋出し」の男性5〜6名が「蘇民袋」と呼ばれる麻袋を抱えて現れる。「親方」と呼ばれる全裸の役男が小刀で蘇民袋を切り裂き、福物の小間木(こまき)を境内の男女が拾う一方で柴燈木登りに参加した男性たちは引き裂かれた蘇民袋を激しく奪い合う。最終的に、蘇民袋の首にいちばん近い部分を持っていた者がその年の取主(とりぬし)となり、その年は東西どちらの土地が豊作となるかが決まる。

地元住民以外でも当日、境内で届け出れば参加は可能である。但し、前述の精進潔斎を厳守し、宗教行事であることを心得て参加すること。

なお、古くは黒石寺に限らずどの蘇民祭も下帯を含め一切の衣服を着用しない全裸で行われていたが、観光客の増加と共にストリーキング目的の参加者も増加して問題となったため黒石寺においても2007年以降は下帯の着用が義務付けられ、全裸で行われて来た伝統が途絶えることになった。親方については同年以後も全裸を続けているが、2008年岩手県警水沢署は「宗教行事であってもわいせつ物陳列罪が適用され得る」と警告。この年は実際に摘発が行われることは無かったが、渡海紀三朗文部科学大臣は「伝統文化について、警察が判断するのはそぐわない気がする」と岩手県警の警告に疑義を呈する見解を示した。その一方で「年々、いかがわしい雰囲気が強くなり、神聖な祭の姿が失われている」「マスコミが押しかけ、伝統的な神聖さが失われている」と嘆く地元民も多く、伝統的な雰囲気を守るためなら、ある程度の規制は必要であるという声も年々高まっている。特に2008年平成20年)には後述のポスター掲示問題が発生し、取材者や野次馬が多数押し寄せた。それゆえ主催者側でも観客規制するなど様々な案が提案されているが、実現には至っていない。

黒石寺蘇民祭の由来

黒石寺に残されている記録では安永2年(1773年)の「黒石寺書上」に以下の記載がある。

一、年々正月七日夜妙見宮之神事往古者妙見山におひて有之右儀式ニ相用候鬼面十二有之相用申候処高山故か飛行き尤恐敷儀数多有之候ニ付其後薬師堂におひて祭礼儀式仕来候何時与薬師堂江相移申候哉往古儀ニ而相知不申候右鬼面本式ニ相宛候得者何国共なく飛行き候由ニ而何時相失候哉当時ハ二ツ相残居今ニ至る迄七日之晩子供之頭へ爲冠附人相付よしたいまつ爲持参詣群衆の中を相廻り儀式相勤申候右子共鬼子と申唱来候

一、年々右正月七日夜儀式ニ相用候薪ハ同六日ニ爲伐生割木を薬師堂の土間江三ケ所ニ焼切火ますます燃立候時参詣之諸人東西与投合 或ハ火を以打合申候是往古与祭礼之儀式ニ御座候右焼木を柴焼木(さいとうぎ)と申唱候

 

JRによるポスター掲示拒否

2008年平成20年)の蘇民祭に先駆けて、奥州市が作成したポスターについてJR東日本が上半身裸で胸毛の濃い男性が大きく写っているデザインを「女性客が不快感を覚え、セクシャルハラスメントに該当するおそれがある」として問題視し、駅構内での掲示を拒否した。この経緯がニュースで取り上げられたため、結果的に蘇民祭の知名度が全国的に上昇することとなった。後日、一連のテレビ報道による広告効果は約31億円近くになるという分析結果が放送調査会社・ニホンモニターより発表された。

ポスターのモデルとなった男性は地元在住の会社員で、2007年平成19年)の取主であるがマスコミの取材には困惑しつつも積極的に応じ「裸で騒ぐ祭りではないしイベントではない。そういうことを分かってくれる参加者や客が増えるのなら、地元の人でなくても大歓迎です」とコメント。この男性は2008年平成20年)の祭りに際しては前年から就任している世話役に徹し、テレビカメラの前で裸を見せることは無かった。

「男性のパンツが欲しかった」蘇民祭で男性下着を盗もうとした72歳無職男を逮捕

岩手県奥州市で2013年2月16日夜から開かれた「蘇民祭」で、男性の下着を盗もうとしたとして、岩手県警水沢署は17日、大和町吉岡、無職、宍戸次夫(72)を窃盗未遂容疑で現行犯逮捕した。、宍戸は「(男性の)パンツが欲しかった」と容疑を認めているという。

同日午前4時35分ごろ、奥州市水沢区の黒石寺の祭り会場内にある待機所で、同市胆沢区の地方公務員の男性(33)の下着や衣類などが入ったリュックサックを盗もうとした。蘇民祭は下帯姿の男衆が護符を奪い合う勇壮な祭りで、待機所は参加者の着替えや荷物の置き場になっていた。

半裸の参加者たちの中で、服を着たままの宍戸が荷物に手をかけているのを男性の知人が目撃し、取り押さえた。宍戸は近年は毎年のように、祭りを見に来ていたという。同署は「蘇民祭での下着泥棒はこれまで聞いたことがない」と話している。

有名コピペ

岩手県奥州市の蘇民祭といえば、六尺褌一丁の男達が護符の入った麻袋を求めてぶつかり合う、勇壮な裸祭りとして、この地方に知られている。

祭のあと、男達は集会所に集まり、普段着に着替え、飲み合う。六尺は、激しい祭でドロドロボロボロになるから、使い捨てで、ゴミとして出される。俺はいつもそれが狙いだ。
捨てられている六尺の、できるだけ汚れてる奴を10数本ほど、こっそりさらって家に持ち帰る。そして、深夜、俺一人の祭が始まる。

俺はもう一度汚れた六尺のみ身に付け、部屋中にかっさらってきた六尺をばら撒き、ウォーッと叫びながら、六尺の海の中を転げ回る。汚れた六尺は、雄の臭いがムンムン強烈で、俺の性感を刺激する。
前袋の中のマラは、もうすでに痛いほど勃起している。
六尺の中に顔を埋める。臭ぇ。

汗臭、アンモニア臭や、股ぐら独特の酸っぱい臭を、胸一杯に吸い込む。溜まんねえ。
臭ぇぜ、ワッショイ! 雄野郎ワッショイ!と叫びながら、前袋ごとマラを扱く。
嗅ぎ比べ、一番雄臭がキツイやつを主食に選ぶ。

その六尺には、我慢汁の染みまでくっきりとあり、ツーンと臭って臭って堪らない。
その六尺を締めてた奴は、祭で一番威勢が良かった、五分刈りで髭の、40代の、ガチムチ野郎だろうと、勝手に想像して、鼻と口に一番臭い部分を押し当て、思いきり嗅ぎながら、ガチムチ野郎臭ぇぜ!俺が行かせてやるぜ!と絶叫し、マラをいっそう激しく扱く。

他の六尺は、ミイラのように頭や身体に巻き付け、ガチムチ野郎の六尺を口に銜えながら、ウオッ!ウオッ!と唸りながらマラを扱きまくる。
そろそろ限界だ。

俺は前袋からマラを引き出し、ガチムチ野郎の六尺の中に、思いっきり種付けする。
どうだ!気持良いか!俺も良いぜ!と叫びながら発射し続ける。
本当にガチムチ野郎を犯してる気分で、ムチャクチャ気持ち良い。
ガチムチ野郎の六尺は、俺の雄汁でベトベトに汚される。
ガチムチ野郎、貴様はもう俺のもんだぜ!
俺の祭が済んだあと、他の六尺とまとめて、ビニール袋に入れ押し入れにしまい込む。
また来年、祭で六尺を手に入れるまで、オカズに使う。
押し入れにはそんなビニール袋がいくつも仕舞ってあるんだぜ。

影響

2008年2月8日には、下北沢で都内の無職の男が都内の職業不詳の男ら三人と一緒に居酒屋で世間話をしながら酒を飲んでいて、酒が進んで泥酔しているところに蘇民祭の話題が出てきて、その議論で盛り上がっているうちに「祭りを規制するのはおかしい」などという事になり、一人が制止したにもかかわらず都内の無職の男と都内の職業不詳の男と千葉県内の店員の男は全裸になり、テレサ・テンの『つぐない』を熱唱しながら街を徘徊し、通行人の女性の通報で公然わいせつの現行犯で逮捕される事件が発生したが、事件当時泥酔していたこともあって男らは翌日9日には釈放された。

参考文献

  • 『岩手の蘇民祭調査報告書』(岩手県文化財愛護協会 、2002)

外部リンク